作品をつくる旬がある「どろぼうがっこうだいうんどうかい」

今が旬。その旬を見極めることができるかが、ものづくりには大切な感覚です。

「どろぼうがっこうだいうんどうかい」かこさとし(偕成社)

対象:3歳から ジャンル:喜劇(どろぼうがっこう)

私の書いているブログでもあります。たとえば経験したてのことを「自分が書きたい!」という意欲がありながらふつふつしている状態というのが、おそらく書く旬なのです。その状態で書かれた文章というのは一番躍動感に飛んでいます。ただ、人間は怠惰な生き物、メモをとっていれば安心してしまい、あえて原稿化しません。そうなると、日を空けて文章を書こうとすると、いくら記録があったところでどうも書けません。これは間違いなく書く旬を逃してしまったのです。

先日、妻から仕事のピークはいつだったかと問われました。

私は何気なく「30代半ば」と回答しましたが、自分でも「はっ」とさせらえました。自分でもピークというものを認識はしているのです。それをだましだまし、あるいはピークが来たことを周囲にばれないように日々を送っているのです。ただ、ピークが過ぎたことは周りも分かっていますし、何よりも分かっているのは自分です。

さて、絵本にもピークというものがあります。一番躍動感に飛んで、油がのっている作品というのでしょうか。そういう意味では、「どろぼうがっこう」はまさにピークの作品でした。ただ、次の作品までが長すぎた。さすがに40年は空けすぎです。楽しみにしたどろぼうがっこうの続編、今回の本ですが、なんか、どろぼうが小っちゃくなっていました。そして破天荒ぶりがなくなって、みょうにまとまっていました。そして、どことなく登場人物の表情もあまりはっきりしていません。そういう意味では「旬を逃したかな」、というのが正直な感想です。

でも、かこさとし先生のことだから、あえてそこにメッセージがあるのかなと勘繰ったりします。旬をのがしながら、表現をするのは難しい、でも敢えてそれに挑戦したかこさとし先生には敬意をいだかざるえません。また、実はこの作品、もうひとつのテーマは「老い」なのです。なんとふくろが老いてきてるのです。寂しいです。

旬を逃す、過ぎるということは、老いと向き合っていく始まりでもあるのです。

それをこの本は物語っているように思えます。

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