新幹線での過ごし方。私はだいたいパソコンを開いています。狭いスペースで仕事やっているので、別に仕事はかどるわけでもないんですけどね。
メールのチェックとか、見積もりのチェックとか画面を確認するくらいで何か企画を考えるなどのクリエイティブワークには向きません。
最近は、あきらめて本を読むなどをしていますが、意外と読書もはかどりません。そういう意味ではWegeくらいの分量の雑誌読むくらいがちょうどよいのかもしれません。
そういえば、最近新幹線に乗って違う時間の過ごし方を経験しました。
隣に座った人と話すということです。
このあいだは、がんの手術を終えたばかりの初老の男性が話しかけてくれました。手術をして退院して気分が晴れ晴れしていたのでしょうか。
最初はどこへ行くのか?
ということでした(私、大きなリュックサックを背負っていたんです)。そこから男性の息子さんのこと、お孫さんのことをお話してくれました。
「せっかくの退院なのにご家族お迎えに来ないんですか?」なんて皮肉っぽい質問をしたら、
「手術も3回目なので家族も慣れてきている」と笑ってこたえていました。
そして、先週もやっぱり初老の男性でした。
私の使っていたパソコン機器に対しての質問でした。
結局、その男性とはお互い降りる駅が一緒で、駅までずっと仕事の話を中心にしゃべっていました。
袖振りあうのも多少の縁、などと言いますが、
東京大阪間であれば隣り合わせになりながらも2時間半会話がないよりも、多少このままいけばま交わることのない隣人と交ってみるのも面白いと思いました。
調べてみれば、男女であれば出会いの場にもなりうるんですよね。
これも新幹線の場を、仕事の移動手段としてとらえれば仕事の延長線で私のようにパソコンを開いたりするわけで、旅の一工程としてとらえれば豊かな旅にしようと努力するわけです。
平日の新幹線なんて、なかなか旅感覚で移動している人は少ないのでしょう。特に19時過ぎて上がりの新幹線に乗ると、結構ぐったりしている人が多くて話すなんていう雰囲気にはとてもではないですがなりません。
隣に座った瞬間、自分と相手との共通点が見えれば話しやすいのは確かです。
もちろん、話しかけて気まずい思いもします。
それでも果敢に話しかけようとしている先輩世代はいます。それはやはり「袖振りあうのも多少の縁」や隣人を愛しなさいとまでは言いませんが、「隣人に関心を持ちなさい」という思想が見え隠れしているように思えます。